みんな表向きテレビを嫌っておきながら、テレビ的手法に慣れきっちゃってる。
2007-09-29


実は今週いっぱい風邪で寝込んでました。急に涼しくなりやがって。。。相変わらず季節変わりは身悶える弱いなぁ>ヲレ。

んで、鳩山法相 (弟くん) の死刑執行自動化発言、というよりはむしろキモは法相一人に死刑執行実施の判断を委ねちゃうのはまずくねっていう部分なんだと思う (というより信じたい) んだけど、そのニュースがらみではてぶとか漁ってたらこんな記事に出くわした。

引用のほうが長くて、結局のところ「こんなこと言うやつ馬鹿だね」、みたいなのって何に似てるって、ワイドショーのコメンテーターと大して変わらんのじゃないか。


実際は、ほんの少数の直接利害関係にある人間だけが問題についてこしこし調べなきゃいけなくて、大多数は関係ないわけだからワイドショー的なダメなヤツ、良いやつって分け方でも十分成り立つんだよなあ。

で、どの意見が表層に出るのかっていうと、ダメなやつ、良いやつレベルの大多数の人間の意見なわけで。

似たようなことを以前この辺の記事にも書いたのですが、ネット上で発信されている情報の多くは既に報じられたニュース記事に対する言及であり、それも予備知識や追加調査をほとんど含まない一言感想文程度のものがほとんどだったりします。急先鋒はもちろん今でも 2ちゃんねるだし、今でも多くのブログがそうなんでしょうが、最近ではそうした内容の軽いテキストは、はてぶのようなソーシャルブックマークや、Twitter のようないわゆるライトブログ、それから mixi のような SNS などへと移っていっているようにも思います。

もっとも、それではブログはメディアとして全然役に立っていないのかというとそういうわけでもなくて、例えばインタビュー報道で誤った内容が報じられた際に、その誤りを指摘し、訂正するためのカウンターメディアとして利用されたりしています (高木浩光氏とか、最近だと津田大介氏とか)。その他、有識者が記者を介さない生の声を一般に届けるためのメディアとしても利用されていますし、一方的な報道が行われている事柄に対して一部の注目されているブロガーが対立意見を表明することによって、ネット上の世論が踏みとどまるというケースもしばし見受けられます (最近だと essa さんによるナベツネが麻生を潰そうとしてるよってやつとか)。

もっとも、カウンターメディア的な役割や、対立意見の提示なんかは、主に週刊誌系のメディアを中心に機能としては存在しなかったわけではないとは思います。それでも、細かいことに対して言及する機会が得られにくかったのが解消されたのは確かだし、そういう情報がよりすばやく出せるようになったというのも重要なことだとも思います。

いずれにせよ、カウンターメディアだとか、生の声が、といったような話は、話題となる物事の当事者が享受するメリットであるように思います。そして、当事者間で行われているやり取りに、ブログを介して口を挟めるようになるには、それこそ超一流のアルファブロガー(笑)と呼ばれるぐらいに注目されていないことには、なかなか難しいんじゃないかということになります。

実際のところ、多くの事件、懸案、議論において、当初からそこに参加している当事者以外の人間が、そうした議論に加わること自体、必要なことではなかったりもします。マスコミが外野で騒いで、最終的にはマスコミが悲劇的に報じるような事態に陥ったように見えても、実は当事者の間では十分に議論が尽くされていて、最善の選択がなされている、というケースも少なくないんじゃないかと思う。


続きを読む

[イン夕一ネット]
[戯言]

コメント(全2件)
コメントをする


記事を書く
powered by ASAHIネット